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丸子活性しよ〜会では、丸子路の歴史・文化を紹介した「丸子路歴史・文化散策MAP」を作成しました。このサイトはそのMAPに掲載されている内容を紹介しています。

MAPもご覧になれます。MAPを片手に丸子路の散策をお楽しみください。

丁子屋

慶長元年(1596 年)創業、「東海道五十三次之内丸子名物茶屋」として描かれた丸子宿名物とろろ汁の老舗。静岡県最古の飲食店。現在の店舗は浮世絵を再現するために江戸初期の古民家を移築。国登録有形文化財。

ちょうじや

自然薯をすりおろし、だし汁と味噌で割るのが静岡流。それを麦飯にかけて食べる料理のこと。江戸時代、ここ丸子周辺では良質な自然薯が採れたため名物となり、峠越えの旅人からは精が付くと喜ばれたとか。

幕府や諸藩が定めた法度や掟書を木の板札に書き、人目を引くように高く掲げておく場所のこと。実際に丸子宿に掲げられていた三枚の高札が津島神社より発見。現在は複製した三枚の高札をみることができる。

こうさつばあと

とろろ汁

高札場跡

東海道二十番目の宿場町丸子宿。最も大きい府中宿(静岡)の隣、本陣一、脇本陣二、旅籠二十四軒という人口八〇〇人の由比宿と並ぶ小さい宿場町でした。鎌倉時代は「麻利子」、その後「丸子」「鞠子」東海道になってから「丸子」になったといわれています。また他の地域とは違い西から一丁目二丁目と続くなど上方の影響がありました。小さい宿場町でしたが、安倍川の川止め時には大名行列など大変な賑わいだったといわれています。

千手観音堂

樹齢300年以上という巨大な大銀杏の丸太が目印の千手観音堂。駿河三十三観音霊場の一つとして知られ、お堂の中を覗けば慎ましやかに千手観音像と薬師如来が祀られているのが見られる。

今川氏に仕えた連歌師「宗長」が草庵を結んだところ。天柱山や丸子富士を巧みに取り入れた借景式の庭園は国の名勝・史跡に指定。足利義政から賜った文福茶釜や家康お手植えの槙の木などがある。

幕府や諸藩が定めた法度や掟書を木の板札に書き、人目を引くように高く掲げておく場所のこと。実際に丸子宿に掲げられていた三枚の高札が津島神社より発見。現在は複製した三枚の高札をみることができる。

国内最大級の伝統工芸体験施設。今川・徳川時代から静岡に受け継がれ、今も大切に伝わる駿河竹千筋細工・和染・木工・漆・陶芸・模型などのさまざまな工芸体験ができる施設。カフェ・クラフトビールも併設。

吐月峰 柴屋寺

天柱山 歓昌院

駿府の工房 匠宿

ここは古代東海道であり、要所の街道として栄えた宿場でもありました。沢沿いには今でもお寺や民家が連なり、面影や風情ある雰囲気が残ります。また泉ヶ谷は「花とまほろばの里」として四季折々の花が咲き誇る里でもあります。近年では駿府の工房 匠宿が工芸の里として、多くの人が訪れる場所となっています。

とげっぽう

さいおくじ

てんちゅうざん

かんしょういん

丸子稲荷神社

承平7年(937年)京都伏見稲荷大社から分霊を丸子の氏神様として鎮祭してから1000年以上がたつ。東海道の名社として藩主・諸大名をはじめ、一般庶民の信仰も高く崇敬されたお社。

大鈩の最奥滝の上には不動明王堂があり、丸子城で武田信玄の守り本尊となっていた愛宕山大権現のお堂と滝の周囲には300体もの地蔵が並び幻想的な空間に。毎月28日の縁日には朝市が並び多くの人で賑わう。

天然記念物モリアオガエルの産卵場所としても有名なお寺。徳川家康公の謀反の意思ありといわれた豊臣家の疑いを晴らすため奔走した片桐且元の墓がある。

大鈩不動尊

大鑪山 誓願寺

おおだたら

ふどうそん

だいろさん

せいがんじ

蔦の細道

宇津ノ谷峠を越える最古のルート。その歴史は古く奈良・平安時代にまで遡る。平安時代の古典文学「伊勢物語」に登場したことで有名に。現在はハイキングコースとして楽しめる。

旧東海道の面影を色濃く残す、間の宿(あいのしゅく)の家並みが宇津ノ谷集落。「立場茶屋」として御羽織屋(石川家)が近年まで豊臣秀吉ゆかりの陣羽織を展示。

レンガづくりのレトロなトンネル。明治9年(1876年)日本初の有料トンネルとして開通。貴重な建造物として平成9年(1997年)現役のトンネルとしては初めて国の登録有形文化財に登録。

峠にあった地蔵堂の延命地蔵尊を祀るお寺。峠に出没していた人喰い鬼を地蔵尊が退治したという伝説があり、「十団子」の風習が残る。8月23、24日は縁日で厄除けのお守りとして販売される。

宇津ノ谷の街並み

明治トンネル

宇津山 慶龍寺

丸子宿と岡部宿を結ぶ宇津ノ谷峠は、東海道屈指の難所。歌枕の地としても有名な峠です。かつては薄暗く、うら寂しい峠道だったため、山賊が出没し、怪談や喰人鬼伝説もありますが、在原業平の「伊勢物語」に登場する芸術家や文人墨客あこがれの地でした。古代から多くの人や物の往来を支える交通の要衝として行き交え、今では主要な道路6本と4つの時代を象徴するトンネルが現存しています。

うつさん

けいりゅうじ

歌舞伎 『蔦紅葉宇津ノ谷峠』

河竹黙阿弥の名作「蔦紅葉宇津ノ谷峠」は安政3年(1856年)市村座で上演。三幕の丸子の宿から宇津ノ谷峠の「文弥殺し」を中心に演じられることが多い。

丸子宿エリア

泉ヶ谷・宇津ノ谷峠エリア

MAP

2020年「日本遺産」に認定!

~滑稽本と浮世絵が描く東海道旅のガイドブック(道中記)~

日本初「旅ブーム」を起こした

弥次さん喜多さん、駿州の旅

江戸時代に起きた日本初の「旅の大ブーム」の火付け役は、日本の「ガイドブックの原典」とも言われる十返舎一九の滑稽本「東海道中膝栗毛」でした。そのきっかけは歌川広重の描いた「東海道五十三次」の浮世絵。自由な移動が制限される江戸時代でも人々は美しい風景やおいしい名物を求め、物見遊山の旅へと出かけて行ったのでした。200年の時を超え、今もなお、弥次さん喜多さんの「旅の楽しさ」は駿州で体感できます。富士山を仰ぎ見ながら江戸時代の「ガイドブック (道中記)」を片手に「東海道五十三次」の「真ん中」、「旅の原点」との出会いを求め駿州を巡る旅に出かけてみませんか。

■主な構成文化財

丸子宿名物とろろ汁、丁子屋、慶龍寺、明治のトンネル(明治宇津ノ谷隧道)、間の宿宇津ノ谷、岡部宿大旅籠柏屋、大慶寺久遠の松、府中宿名物安倍川もち、江尻宿名物追分羊羹、三保松原、清見寺、東海道名主の館(小池家住宅)、由比宿名物たまご餅、静岡市東海道広重美術館の浮世絵、志田家住宅主屋、旧和泉屋(お休み処)

東海道御宿場印プロジェクト

「丸子宿」

江戸時代に徳川家康が整備し、歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」や十返舎一九の「東海道中膝栗毛」で知られる東海道。その道中にある名所などを描き、宿場の名を記した「御宿場印」が東京・日本橋から終点の京都・三条大橋までの計55カ所、7都府県にまたがる全長492キロすべての宿場を網羅して完成しました。御宿場印は江戸時代の宿場町の風景や現代に残る名所旧跡などがあしらわれ、地域色がふんだんに盛り込まれてます。当時の宿場に思いを馳せながら、丸子宿から御宿場印を集めてみませんか。

御城印

国宝松本城からはじまった御城印。丸子城にも今川氏の家紋を表したお茶染めによる御城印があります。駿府の工房 匠宿のお茶染め職人が一枚一枚染め上げています。

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